2008年06月01日

6月になりました。



1年の半分が過ぎる折り返し地点がやって来た。陽射しが照り返し、東京都内では23日、早くも真夏日となった。
さすがに寝るときには空調をつけるか、小さく窓の隙間を作らなければ蒸し暑くて眠れない、夏本番のような夜もあった。
たまに降る雨も、短時間に勢いの強いジャングルシャワーのようなものが多く、梅雨などお構いなしといったところだろう。
しかし、偶然自室の隣の民家の2階が使用されていなくて、1階にお爺さんが1人しか住んでいないようで安心したが、
この調子では空調をつけなくてはならなくなる日が来てもおかしくはない。
というのも現在も硫黄入り薬品を使った硫化水素自殺は続き、大手ドラッグストアでは5月に入ってからは硫黄入り薬品の販売を中止するようにした。
ただそれは単なるメソッドの問題であることは言うまでもない。日本では1998年以来自殺件数が公式な数字で3万人、実算すればその4倍はくだらない。実際26日、東京都港区で元TBSアナウンサーの川田亜子が乗用車を密閉させ、七輪を焚いて自殺していた。
自殺にベクタが向くを止めるには個人単位では生の意味や、良きにしろ悪しにしろ境遇をホジティヴに受け止める心の豊かさを育む必要がある。
日本の社会においても、1:名の通ったよい大学に通い、2:学園生活もろくに味わわないまま、知識も半端に20歳前後で正規職業を決めなくてはならず、その前提として
3:健常者で、4:前科がないのは勿論のこと、5:大学卒業時に卒業した地点で正規職業を見付けられず、半年以上をパートタイムなど正規でない職業の状態で過ごせば全くの無職期間と未だ多くは同じに捉えられ、
公的な援助なくしては自立できるような収入を得られる職業に就ける機会はきわめて限られる。
1950年代の新卒優勢、終身雇用制度の型式主義を引きずっているうえ、1990年代後半でそれに加えキャリア至上主義もあり、離職後の就職や転職は、いまもって難しいのが現状だ。
日本人の持つ実直な気質は、終身雇用制度で育まれているためにスキルを学び、日本製品のクオリティを向上させていったが、前述の条件に人生があわなければ、そのスキルすら学ぶ機会を失う。
要するに真面目なのだが、融通の聞かない、いわゆるスクウェアなのであり、そのスクウェアさこそ見直されフレキシブルに運用すべきと考える。すればスクウェアさに裏打ちされ、白く塗られた墓になること、つまり固執によるしがらみや職を失うことを恐れた仕事のクオリティ低下、もしくは腐敗も防げるだろう。
そんなスクウェアさが仇となったのは、12日の四川大震災での救助のタイムラグや27日に全店閉鎖を決定した船場吉兆の2度出し問題がある。
四川大震災では1995年に起きた阪神淡路大震災の11倍にあたる7万人もの犠牲者を出しながら、現地救助隊の反応が遅く、1週間あまり経ってやっと日本に救助の依頼が出るまで、本来はTVで被害を知るやいなやすぐ駆け付けなければならないのに、すぐ出向できるよう待機していなければならなかった。
また船場吉兆では2007年10月に商品名称や賞味期限に偽装問題が明るみに出た時以来客足は落ち、客の残した料理を2度出しするような切迫つまった状況になったので、余程うまく従業員を操作しなければ質の改善は期待できかった。

しかしながら吉兆の地鶏味噌漬を試した人は、何故地鶏の数分の1で入手できるブロイラーと解らなかったのか。
ブロイラーと、地鶏、軍鶏はそれぞれ固さが違い、固い中にも噛み締めることに肉の持つ味わいがある。
ちなみに僕は先日、栃木県の根本さん宅で初めて軍鶏の串焼をご馳走になったが、歯ごたえが強く塩のみの味付けでここまで豊かな味わいが出るのかという驚きを感じた。
しかも取れたてで、その場に生えている植物などを摂って育ったので安全であることは保証されている。
根本さんのように家庭で、野菜や卵、鶏肉などを育て、消費する。またはそのような時間の余裕がなくとも農地の区画を収穫量に応じた月極めの有料農地にしたり、
あるいはEU諸国のように減反政策を見直し、農業や漁業の最大収穫量の限度を撤廃、それらをビジネスとして従業員を雇用しながら、地域や環境などに貢献したサステナブルなソリューションを提供する社会起業家を生むのもいいだろう。
LOHASかつSOHASであることの関心は、先行の未だに見通しのつかない2000年代の国内や海外も含めた社会において、関心だけでなく、いかに現実の社会上での運用に移せるかが問題になってくるとも言えよう。
たった2年間で経済や環境をはじめ食糧やエネルギーに至るまで急激なパラダイムシフトを経験した中、本当の意味で豊かな人類の暮らしを創るためには、金銭や法律、データなどといったマンメイドの物だけではなく自然の力も、今までよりも多く人々の目につく場所でも借り、社会のあらゆる場所、人々、物、システムと融合されなければならないだろう。
そうすれば食糧資源の枯渇による高騰や、不安定な職に就いたり、社会の腐敗に加担することを抑止することは不可能ではない。また安全で質のよい地場産の食糧や樹木が輸入のものより多く採れれば、フード・マイルズ/ウッド・マイルズの短縮、つまり運送コストも少なく済む上、石油の消費によるCO2の排出も軽減でき、安く自然資源を入手できるかもしれないのだ。
かつてヨーゼフ・ボイスが行なった、「街路に植えた7000本の樫の樹」の意味を、僕は改めて実感している。それは、現代社会において人々を癒せるものは自然由来のものでしかないという彼の哲学そのものを示したメッセージなのである。
それを支援するよう努力しなくてはならないにもかかわらず、1日にボソッと言った「高騰は仕方ない」の一言で片付ける福田康夫率いる日本は、NATOにでも加入したらどうだろうか。NEVER ACTION,TALK ONLYの略だが(w)
posted by 藤沢蒼海/Aomi Fujisawa at 04:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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